marikolog

ヴァイオリン奏者として活動している水野真梨子のブログです

VIOLINと音楽とうさぎと教室での毎日を綴ります。
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レガート バイオリン教室(精華町光台 * 奈良市富雄北)

きみはいま全力を尽くしているか


 7月、まだ感染者数が底のほうにあったころ、広い会場を借りて一部同じ地域の生徒を対象に対面レッスンを再開し、そして再びオンラインに戻っています。いずれにせよ家でのレッスンはずいぶん先のことになりそうだなと思い、エイヤ!とレッスン室=私の部屋の大掃除と模様替えをしました。これまでより丁寧に、隅々まで。
クローゼットの中、捨てるに捨てられないものを詰め込んでいた箱から出てきた、懐かしい手紙や昔のアゴラ通信を読んで、中学高校のころを思い出していました。

 高3のホームルームで、成人式直前の自分たちに届くように手紙を書こう、という取り組みがありました。
特別な内容が書いてあるわけでなく、たった2,3年後なので届いたときの感動はそう思ったほどでもなかったように記憶しています。届くことも、書いた内容も覚えていたし、あ~書いたよな~とさらっと読み、そのままずっとしまっていた手紙。そこからさらに15年ほど経った今読んでみると、あの時とはまったく違う感情が湧いてきました。

 

  17歳の自分から、20歳になった自分へ。
  ちょっと先のことなのに、全然想像できません。来週は入試です。
  大学には行けましたか?バイオリンは上手になりましたか?
  ちゃんと楽しい毎日をすごしていますか?

 

周りの席に誰が座っているか、当時好きだった歌手の事や、20歳になった自分への希望、なまけていませんか、がんばっていますか、そして、私は今、ひとを幸せに出来るようなひとですか?とありました。

クラスメイトからの手紙と、6年間のうち4度も担任だった社会科の先生からの手紙も同封されていました。 

 

  旧6Dのみんなへ
  今年から君たちは、社会的、法的に「一人前」となります。

  卒業式の日に僕はこう言いました。

  「僕は6年間社会科を君たちに教えてきた。

  その目的を煎じ詰れば『主権者を育てる』ことに尽きる。

  社会の授業に限らず、担任としても、ひとりの大人としても、

  そのつもりで君たちに接してきた。

  選挙権を得たら、必ず選挙には行くように。」

  望むらくは、その成果のあらんことを。


20歳そこそこではわからなかったその言葉にこめられた意味、そして17歳からさらに同じぐらいの年月を重ねた自分には、17歳の自分も20歳の自分もずいぶん遠くなり、なんだか胸がいっぱいで、大きな声で、ちゃんと毎日楽しいよ、わたしなりにがんばっているよ、と返事をしたくなりました。

当時は学校に行くのがまったく好きではなく、自分がしたいことだけをしたくて、強制される勉強も大大大嫌いでしたが、なんだかんだ、あのころの自分がいまの自分の中にも生きています。


 担任からの手紙の最後は、「きみはいま全力を尽くしているか?」と締めくくられていました。

いつ死ぬかわからんな、などと現実に強く感じる非常事態の昨今、どなたも人生を振り返ることも多いのではないでしょうか。全力であったり、たまに休憩したりですが、今日もまた、いつか未来の自分に続くみちのりを歩みます。

目に見えて、身の回りに罹患する人が増えてきました。どうぞ、みなさまが無事ですごされますように。